阪神はんしん淡路あわじ大震災だいしんさいから24ねん 記憶きおく教訓きょうくん継承けいしょう課題かだい

2019年01月17日 07時06分

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6434にんくなった阪神はんしん淡路あわじ大震災だいしんさいから17にちで24ねんとなり、神戸市こうべしなどおおきな被害ひがいけた地域ちいきでは、遺族いぞくなどが地震じしんきた午前ごぜん46ふんもくとうし、犠牲者ぎせいしゃいたみました。

このうち神戸市こうべし中央区ちゅうおうくの「東遊園地ひがしゆうえんち」ではおよそ5000ほんたけ灯籠とうろうかりがともされ、遺族いぞく被災ひさいしたひとたちが地震じしんきた午前ごぜん46ふんにあわせてもくとうをささげました。

灯籠とうろうは、地震じしんきたとしの「1995」と、日付ひづけの「1.17」、それに、「つなぐ」という文字もじかたちならべられました。「つなぐ」という文字もじには、震災しんさい経験けいけん世代せだいえていでいきたいというおもいがめられているということです。

敷地内しきちない慰霊碑いれいひまえでは神戸市こうべし主催しゅさいする追悼ついとうのつどいがひらかれ、神戸市こうべし長田区ながたく自宅じたく被災ひさいし3さいと1さいおとうとにんくした柴田しばた大輔だいすけさん(31)が追悼ついとうのことばをべました。

柴田しばたさんは、「24ねんがたちましたが、このると恐怖きょうふがあり、ねむれません。ははおとうとたちをこえ次男じなんのふだんとちがごえなどをいま鮮明せんめいおもします」とはなしました。

そのうえで学生がくせいのボランティアや学校がっこう先生せんせいはげましで不登校ふとうこう状況じょうきょうからなおったとかたり、「自分自身じぶんじしんひとやくちたいとおもい、18さいとき消防団しょうぼうだんはいって活動かつどうしています。おとうとたちのような犠牲者ぎせいしゃしてほしくない、防災ぼうさいやくちたいというおもいから、わたし震災しんさい体験たいけんかたっていきます」とはなしました。

17にち各地かくち追悼ついとう行事ぎょうじおこなわれるほか、避難ひなん訓練くんれん防災ぼうさい講演会こうえんかいなども予定よていされていて、震災しんさい記憶きおく教訓きょうくんつぎ世代せだいにつないでいく一日いちにちとなります。

震災しんさいでは、およそ25まんむね住宅じゅうたく全半壊ぜんはんかいし、一30まん人以上にんいじょう避難ひなん生活せいかつ余儀よぎなくされました。

NHKが去年きょねん10がつ神戸市こうべしなど被害ひがいおおきかった地域ちいき郵送ゆうそうおこなった世論調査よろんちょうさでは、「非常用ひじょうよう食料しょくりょう飲料水いんりょうすい」など災害さいがいへのそなえとしてなんらかの準備じゅんびをしているひとは94%にのぼりました。

一方いっぽうで、震災前しんさいまえからっていたいえひとのうち、自宅じたく耐震たいしん診断しんだんをして耐震性たいしんせい確認かくにんしたひとは21%にとどまりました。

時間じかん経過けいかとともに被災ひさいしたひと高齢化こうれいかすす震災しんさいらない世代せだいえていくなかで、当時とうじ記憶きおく教訓きょうくん継承けいしょうし、南海なんかいトラフの巨大きょだい地震じしんをはじめとするあらたな災害さいがいへのそなえにどうむすけていくのかが課題かだいとなっています。

はは兄夫婦あにふうふくした男性だんせい記憶きおくうすれていくのではと心配しんぱい

神戸市こうべし東灘区ひがしなだく市井いちのい敬喜けいきさん(84)は、んでいたアパートが全壊ぜんかいし、1かいべつ部屋へやにいた当時とうじ95さい母親ははおやと60だい兄夫婦あにふうふくしました。

市井いちのいさんは「ははたちをくして1か月後げつごひらかれた地域ちいき追悼式ついとうしきでつらいおもいがげ、なみだまらなかった。毎年まいとし、1がつ17にち前日ぜんじつには震災しんさいゆめてつらい気持きもちがよみがえります」とはなしました。

そして、「くなったひとたちに自分じぶん元気げんきでいることをつたえるため、追悼ついとうのつどいには毎年まいとし参加さんかしていますが、年々ねんねん参加さんかするひとっているようで、震災しんさい記憶きおくうすれていくのではと心配しんぱいしています」とはなしていました。

長男ちょうなん長女ちょうじょくした女性じょせい次世代じせだいつたわってほしい」

東遊園地ひがしゆうえんち」で追悼ついとうのつどいに参加さんかした、震災しんさい長男ちょうなん長女ちょうじょくしたという神戸市こうべし原田はらだ眞知子まちこさん(63)は「毎年まいとしここにています。地震じしんでは自宅じたくくずれ、られなくなり、どもたちがくなったことは搬送先はんそうさき病院びょういんはじめてらされました。悲劇ひげきかえしてほしくないので、つぎ世代せだいひと防災ぼうさい災害時さいがいじまもることの大切たいせつさがつたわってほしい」とはなしていました。

原田はらださんの義理ぎり姉妹しまい神戸市こうべし長田区ながたくしょかわ美幸みゆきさん(61)は「毎年まいとしにんでここにています。原田はらださんのどもたちがきていればなにをしているのかいつも想像そうぞうしています。震災しんさい記憶きおく風化ふうかせず、つぎ世代せだいつたわってほしい」とはなしていました。

27さい女性じょせい震災しんさい当時とうじは3さい くなったほうおもぐ」

高校こうこうとき防災ぼうさいについてまなんだという神戸市こうべし灘区なだく会社員かいしゃいん西畑にしはたあやさん(27)は「震災しんさい当時とうじは3さいで、記憶きおくにないが、防災ぼうさいについて勉強べんきょうするなかで、ひとやくちたいとおもいました。わたしたちわか世代せだいが、くなったかたたちのおもいをいで、災害さいがいおお時代じだいえていきたい」とはなしていました。

追悼ついとうのつどい 去年きょねんより1800にんえる

神戸市こうべしによりますと、追悼ついとうのつどいにおとずれたひとは、午前ごぜん現在げんざいでおよそ5500にんでした。去年きょねんより1800にんおおく、時間別じかんべつ来場者らいじょうしゃすうをまとめるようになった平成へいせい20年以降ねんいこうで、4番目ばんめ人数にんずうとなっています。

これまでもっとおおかったのは、震災しんさいから20ねんとなった平成へいせい27ねんの1まん4000にんです。