ピカソ代表作だいひょうさく海辺うみべ母子像ぼしぞう最先端さいせんたんスキャナーで新発見しんはっけん

2018ねん06がつ05にち 1956ふん NewsWebEasy
仮名がなレベル

20世紀せいき代表だいひょうする画家がか、パブロ・ピカソの「あお時代じだい」の代表作だいひょうさく海辺うみべ母子像ぼしぞう」のしたに、日付ひづけ特定とくていできるパリの新聞しんぶん上下じょうげぎゃくになったサインがのこされていることがあらたにわかり、調査ちょうさたったポーラ美術館びじゅつかんは、制作せいさく時期じき過程かていがわかる重要じゅうようがかりがられたとしています。

海辺うみべ母子像ぼしぞう」は、西暦せいれき1902ねん、ピカソが20さいころえがいた「あお時代じだい」の代表作だいひょうさくで、所蔵しょぞうする神奈川県かながわけん箱根町はこねまちのポーラ美術館びじゅつかんが、ことし4がつからアメリカやカナダの美術館びじゅつかんとともに、最先端さいせんたんのスキャナーを使つかって調査ちょうさおこないました。

その結果けっかしたひろ範囲はんい新聞しんぶんけてあることがあらたにわかり、記事きじ内容ないようから1902ねんがつ18にちにパリで発行はっこうされた新聞しんぶん特定とくていできたということです。

また、新聞しんぶんのさらにした上下じょうげぎゃくになったピカソのサインがのこされていたほか、13年前ねんまえ調査ちょうさいましたえがかれていることが判明はんめいしたまえいた女性じょせいぞうもより鮮明せんめい姿すがた確認かくにんされ、おなじキャンバスにすくなくとも3かいえがかれていたことがわかりました。

美術館びじゅつかんによりますと、こうした調査ちょうさ結果けっかまえると、「海辺うみべ母子像ぼしぞう」はサインをともな最初さいしょのあと、上下じょうげ反対はんたいにして女性じょせいぞうえがかれ、新聞しんぶんったうえでいま出来上できあがったと想定そうていできるということです。

また、ピカソはおそらくパリで作品さくひん制作せいさくはじめ、家族かぞくむスペインのバルセロナで完成かんせいさせたと推察すいさつできるということで、ポーラ美術館びじゅつかんは、なぞおおい「あお時代じだい」の作品さくひん制作せいさく時期じき過程かていがわかる重要じゅうようがかりがられたとしています。

最先端さいせんたん装置そうち解明かいめい

今回こんかい調査ちょうさは、地球ちきゅう環境かんきょう調査ちょうさ火星かせい探査たんさなどに活用かつようされている「ハイパースペクトル・イメージング・スキャナー」という最先端さいせんたん装置そうち使つかっておこなわれました。

この装置そうちは、1980年代ねんだいなかばにNASAが開発かいはつした技術ぎじゅつを、美術びじゅつ分野ぶんや使つかえるよう応用おうようしたもので、ひかりがどのような鉱物こうぶつ反射はんしゃするかを測定そくていすることで、などの成分せいぶん情報じょうほうられます。

ひかり波長はちょう設定せっていえて撮影さつえいかえし、画像がぞうデータを解析かいせきすることで、作品さくひんいためることなく、内部ないぶそうごとにより詳細しょうさい分析ぶんせき可能かのうになったということです。

ポーラ美術館びじゅつかんは、平成へいせい17ねん東京とうきょう文化財ぶんかざい研究所けんきゅうじょとともにエックスえっくすせん撮影さつえいによる調査ちょうさおこない、したべつわか女性じょせいぞうえがかれていることをめています。

今回こんかい調査ちょうさでは、この女性像じょせいぞう構図こうずかんするより鮮明せんめい画像がぞうられ、女性じょせいすわっているいすの一部いちぶはなかざられた容器ようきのほか、おさけのグラスがはっきりと確認かくにんできました。

ポーラ美術館びじゅつかんによりますと、今回こんかい調査ちょうさにもかかわっているアメリカの「ワシントン・ナショナル・ギャラリー」を中心ちゅうしんに「あお時代じだい」のほかの作品さくひんについてもおな装置そうち使つかった調査ちょうさすすめられ、1903ねんえがかれた「不幸ふこうひとびと」という作品さくひんでは、完成かんせいした作品さくひんえがかれている男性像だんせいぞうしたに、にかけているうまのスケッチやさらにそのまええがかれたデッサンなど、1つのキャンバスに複数ふくすうえがかれていることがわかったということです。

ピカソ研究けんきゅうおおきな意味いみ

国内こくないのピカソ研究けんきゅう第一人者だいいちにんしゃで、早稲田大学わせだだいがく名誉教授めいよきょうじゅ大高おおたか保二郎やすじろうさんは「今回こんかい発見はっけんは、制作せいさく問題もんだい時期じき問題もんだいの2つにかかわってくるが、『あお時代じだい』をえがいた1901ねんから1902ねんにかけての、いわゆる移行期いこうきのピカソをかんがえるうえで非常ひじょう示唆的しさてき資料しりょうだ」と指摘してきしています。

そのうえで、新聞しんぶん使つかっていたことについて「どういう目的もくてきかは確定かくていできないが、『あお時代じだい』に新聞紙しんぶんししたりこめるようにして、そのうえからえがいていることはあたらしい発見はっけんだ」としています。

が、段階だんかいをへて完成かんせいしていることについては、「いかにもピカソならではの手法しゅほうで、制作せいさくのプロセスが、時間じかんそうとして埋没まいぼつしていた。今後こんごのピカソ研究けんきゅうにとっても今回こんかい調査ちょうさ報告ほうこくおおきな意味いみをもつとおもう」とはなしていました。

また、ポーラ美術館びじゅつかん今井いまい敬子けいこ学芸がくげい課長かちょうは「最初さいしょにスキャナーをけた母子像ぼしぞうかおから文字もじあらわれたことにおどろいた。新聞紙しんぶんし使つかわれていたのも、とてもめずらしいれいで、あお時代じだい研究けんきゅうするうえで見直みなおしが必要ひつようになる内容ないようふくんでいることに、大変たいへん意義いぎかんじている。えがなおしの過程かていやなぜ新聞紙しんぶんし使つかったのかなど、まだおおきななぞつつまれているので、今後こんご調査ちょうさすすめていきたい」とはなしていました。

パブロ・ピカソとは

パブロ・ピカソは、西暦せいれき1881ねんにスペインでまれて、そのパリで活躍かつやくした20世紀せいき代表だいひょうする画家がかです。

対象たいしょうを、1つの視点してんではなくさまざまな角度かくどから観察かんさつし、数多かずおおくのめん分析ぶんせきして再構成さいこうせいする革新的かくしんてき絵画かいが手法しゅほう「キュビズム」を提唱ていしょうしたことでられています。

なかでも、もっと有名ゆうめい作品さくひんの1つ「ゲルニカ」は、スペイン内戦中ないせんちゅうきたドイツどいつぐんによる空爆くうばく様子ようすをこの手法しゅほうえがき、戦争せんそう悲惨ひさんさをいまつたえる大作たいさくです。

今回こんかい調査ちょうさおこなわれた「海辺うみべ母子像ぼしぞう」は、ピカソが「キュビズム」を提唱ていしょうするまえの20さいころえがいた作品さくひんです。

ピカソは19さいとき親友しんゆうをきっかけに、せい、そして貧困ひんこんといった主題しゅだいむようになり、あお基調きちょうとした作品さくひんおおえがいたことから、この時期じき作品さくひんは「あお時代じだい」とばれています。

ポーラ美術館びじゅつかんによりますと、「あお時代じだい」はピカソがパリとバルセロナのあいだしていた時期じきにあたり、作品さくひんがどちらでえがかれたかなど、制作せいさくをめぐるなぞおおのこされているということです。

ピカソは、1973ねんに91さいくなるまで作風さくふう変化へんかさせながら膨大ぼうだい作品さくひん制作せいさくし、その創作そうさく活動かつどう絵画かいがにとどまらず彫刻ちょうこく版画はんが陶芸とうげいなど多岐たきにわたっています。

※プログラムでふりがなをけっているので、 間違まちがっている場合ばあ いもあります。