かあさん、仕事しごとやめて

2018ねん04がつ06にち 1512ふん NewsWebEasy
仮名がなレベル

「おかあさん、仕事しごとやめて」。突然とつぜんどもからこんな言葉ことばげかけられたら、あなたならどうしますか。もし、おもいがけない出来事できごとで「仕事しごと」か「ども」か、どちらかを優先ゆうせんさせなければならないとしたら…。じついま熊本くまもとではそんな葛藤かっとうかかえる「はたらくおかあさん」がすくなくないのです。(熊本くまもと放送局ほうそうきょく記者きしゃ 杉本すぎもとそら

どもをるのはわたししかいないから

決定打けっていだどもにわれた『もう阿蘇あそかないで』のひとこと。どもをるのはわたししかいないから」

こうはなすのは、看護師かんごし山脇やまわき理恵りえさん(仮名かな)35さい。おととしの熊本くまもと地震じしんのあと、つとめていた阿蘇市あそし病院びょういんめました。

当時とうじ山脇やまわきさんは保育園ほいくえんかよう5さい小学しょうがく年生ねんせいの2にんむすめ子育こそだてをしながら、仕事しごとはげむ「はたらくおかあさん」でした。

結婚後けっこんごにこの病院びょういんはたらはじめ、やりがいをかんじていました。

山脇やまわきさんがはたらいていたのは阿蘇あそ地域ちいき中核的ちゅうかくてき役割やくわりにな病院びょういん救急医療きゅうきゅういりょう透析とうせき、それに介護かいご専門せんもん施設しせつ、さらにはがん患者かんじゃけの病棟びょうとうなどがあり、看護師かんごしとしてさまざまなキャリアをめることもおおきな魅力みりょくでした。

「いろんな病気びょうき患者かんじゃさんがるので、看護師かんごしとしてまなべることがおおくこのままはたらつづけたいとおもっていました」

仕事しごと」か「家庭かてい」か離職りしょく決断けつだん

しかし、その山脇やまわきさんのおもいはくだかれます。

山脇やまわきさんの自宅じたくから職場しょくばまでは、通常つうじょう、30ぷんあまり。それが熊本くまもと地震じしん一変いっぺんしました。通勤つうきんルートのはし崩落ほうらくしたため大渋滞だいじゅうたいのう回路かいろとおるしかなく、どもを保育園ほいくえんあずけるのは早朝そうちょうに。地震じしん影響えいきょう残業ざんぎょう頻繁ひんぱんになり仕事しごと保育園ほいくえんむかえにくのはいつも最後さいごでした。

公務員こうむいんおっと災害さいがい関連かんれん業務ぎょうむのためほとんどいえ留守るすに。とても「家事かじ」や「子育こそだて」を手伝てつだってほしいとえる状況じょうきょうではありませんでした。

そして、どもは留守番るすばん時間じかんえると「地震じしんこわい」とこわがるようになりました。

どもたちにこわおもいをさせてまでも、いま職場しょくばじゃないといけないのかな」。「仕事しごと」か「家庭かてい」か。山脇やまわきさんはすうげつあいだなやつづけました。

そのあいだ地震じしん影響えいきょう仕事量しごとりょう急増きゅうぞう残業ざんぎょう夜勤やきん勤務きんむなどでかえりはおそくなり、どもとはな時間じかんっていきました。

そんなある。いつものように仕事しごとかけようとしたときでした。

「おかあさん、阿蘇あそかないで」

いつもなにわずに留守番るすばんをがんばってくれていた長女ちょうじょうったえてきたといいます。

おっと実家じっか協力きょうりょくしてもらいながらなんとかやっていたつもりだったのですが。無理むりさせていたんですよね。さすがにもう限界げんかいかなとおもいました」

山脇やまわきさんは退職たいしょくもうました。地震じしんのあと、職場しょくばでは看護師かんごし離職者りしょくしゃ相次あいついでいて、苦渋くじゅう決断けつだんだったといいます。

じつは、熊本くまもとでは山脇やまわきさんのように、地震じしんのあと、離職りしょくする看護師かんごし相次あいついでいます。県内けんない地震じしんから1年以内ねんいない離職りしょくしたひとは216にん。このうちおよそ3わり被災地ひさいち阿蘇あそ地域ちいき。ここでは病院びょういん看護師かんごし、およそ7にんに1にん離職りしょくしています。

つらいのはわたしでいい

はたらくおかあさんたちがめていくなか現場げんばのこった女性じょせいたちもぎりぎりの状態じょうたいです。

してから睡眠すいみん時間じかん半分はんぶんぐらいになりました。正直しょうじきつらいですね。でもつらいのがむすめたちじゃなくてわたしでよかったとおもいます」

病院びょういん夜勤やきん勤務きんむ合間あいまをぬってはなしをしてくれたのは、看護師かんごし野口のぐち千緒ちおさとさん53さい大学生だいがくせい専門学校生せんもんがっこうせい、2にんむすめかかえるシングルマザーです。

去年きょねんがつ実家じっか病院びょういんのある阿蘇市あそしから、むすめにんとともにやまえた隣町となりまちのアパートへとしました。なぜ、わざわざ職場しょくばからとお場所ばしょしたのでしょうか。

野口のぐちさんのむすめたちは阿蘇市あそしから40キロ以上いじょうはなれた熊本くまもと市内しない大学だいがく進学しんがくめましたが、地震じしん影響えいきょう数少かずすくない公共こうきょう交通こうつう機関きかん鉄道てつどう寸断すんだんし、通学つうがく困難こんなんに。大学だいがくちかくでの下宿げしゅくかんがえましたが学費がくひくわえて、つきまんえん下宿げしゅく費用ひよう生活費せいかつひ仕送しおくりは1にんおやには無理むりでした。

「一いま病院びょういん仕事しごとめることもかんがえました。ただ、阿蘇市あそし実家じっかには介護かいご必要ひつよう両親りょうしんもいたのではなれることはむずかしく、むすめたちのこともかんがえると、わたしかようしかないなとおもったんです」

地震じしん交通網こうつうもう寸断すんだんされた阿蘇あそ地域ちいきでは、「退職たいしょく」か「進学先しんがくさき変更へんこうか」、苦悩くのうするおかあさんたちがすくなくないといいます。

シングルマザーがささえる現場げんば

むすめ通学つうがくしやすい地域ちいきへのしで、野口のぐちさんにおもわぬ負担ふたんが。渋滞じゅうたいけるため、就業時間しゅうぎょうじかんの2時間前じかんまえにはいえています。

実家じっか両親りょうしん世話せわもしながら、むすめたちの帰宅きたくって、自分じぶんるのは午前ごぜんすぎ。睡眠すいみん時間じかん地震前じしんまえ半分はんぶんちかくまでりました。

費用ひようやガソリンだい、それにつきまん家賃やちんかさなり、貯蓄ちょちくくずすようになりました。

地震じしんがなかったら、しをせずに、経済的けいざいてきにも体力的たいりょくてきにもらくだったとはおもいますけどね。どもたちが自立じりつするまでの辛抱しんぼうです」

医療いりょう現場げんばではシングルマザーはすくなくなく、実際じっさい野口のぐちさんがはたら病院びょういんでもおよそ5にんに1にんがそうだといいます。

わたしががんばらなきゃ。たよひといないしね」

すこつかれた表情ひょうじょうじりの笑顔えがおでこうらした野口のぐちさん。病院びょういんのこった女性じょせいたちもぎりぎりの状態じょうたいなかで、みとどまっている現実げんじつがそこにはありました。

ケア労働ろうどう現場げんばのリアル

こうした子育こそだてや家事かじ看護かんご介護かいごなどの仕事しごと役割やくわりは、「ケア労働ろうどう」とばれています。国民こくみん生活せいかつ時間じかん調査ちょうさ平成へいせい27ねん)によると、成人せいじん女性じょせい家事かじ育児いくじにかける時間じかん平均へいきんで4時間じかん18ふん平日へいじつ)で、男性だんせいの54ふんくらべ4倍以上ばいいじょうとなっていて、家庭内かていないのケアの役割やくわりおおくを女性じょせいになっている実態じったいがあります。

一方いっぽうで、労働力ろうどうりょくおおくを女性じょせい依存いぞんしていて、とくに医療いりょう福祉ふくし職場しょくばでは結婚けっこん出産しゅっさんおっと転勤てんきんなどで突然とつぜん欠員けついん日常的にちじょうてきで、慢性的まんせいてき人手ひとで不足ぶそくおちいっているところがすくなくないといいます。

災害さいがい支援しえん女性じょせい視点してんを!』(岩波いわなみブックレット)などの著者ちょしゃで、災害さいがい女性じょせい雇用こよう関係かんけいなどにくわしい、和光大学わこうだいがくたけしん三恵子みえこ教授きょうじゅは「日本にっぽん社会しゃかい家事かじ子育こそだてなど、家庭内かていないのケアのおおくを女性じょせい依存いぞんしてきた。その一方いっぽう女性じょせい主力しゅりょくとなるケア労働ろうどう職場しょくばでは通常時つうじょうじでも慢性的まんせいてき人手ひとで不足ぶそくなところがおおく、時短じたん勤務きんむ長期ちょうきやすみがりにくい環境かんきょう構造こうぞうとなっている。そのことが『仕事しごと』と『家庭かてい』のはざまで苦悩くのうする、おおくの女性じょせいたちを要因よういんとなっている」と分析ぶんせきしています。

そのうえで「ひとたび災害さいがいなどがき、家庭かてい周辺しゅうへん環境かんきょうおおきく変化へんかしたことで、女性じょせいたちが離職りしょくすれば、ついには地域ちいき医療いりょう介護かいごなど、公的こうてきなケアのシステムが破綻はたんするという現実げんじつがある。わたしたちもそのことに真剣しんけんい、対策たいさくかんがえるべきだ」と指摘してきしています。

ははささげ

この取材しゅざいすすめるなかおもこしたのは教師きょうしだったわたしははのことでした。連日れんじつかえりはおそいえかえってきても深夜しんやまで資料しりょう日々ひび過労かろうがたたったのでしょうか、わたし高校生こうこうせいとき生徒せいと家庭かてい訪問ほうもんくるま運転うんてんしてかう途中とちゅう大型おおがたトラックと衝突しょうとつし、かえらぬひととなりました。ねむをこすりながら、阿蘇あそ地域ちいき自宅じたくしてはたらくおかあさんたちにはは姿すがたかさなりました。

「おかあさん、仕事しごとやめて」

そうわなくていい社会しゃかい実現じつげんすることをねがっています。

※プログラムでふりがなをけっているので、 間違まちがっている場合ばあ いもあります。