文豪、夏目漱石が生まれ育ち、晩年を過ごした東京・新宿区に漱石の記念館が完成しました。


この「漱石山房記念館」は、漱石の生誕150年に合わせて、晩年を過ごした「漱石山房」と呼ばれた家の跡地にファンから寄付された資金も使って新宿区が建設したもので、21日、報道関係者に公開されました。

記念館には、山房を忠実に再現したスペースが設けられていて、このうち10畳の書斎には2000冊を超える書物や、小さな「ふ机」があり、執筆活動に励む漱石の姿が目に浮かぶようです。

さらに、毎週木曜日に、芥川龍之介といった門下生などと語り合った「木曜会」と呼ばれる会合が開かれていた客間のほか、洋風の回廊も忠実に再現されています。

このほか、直筆の書簡や、自宅で羽織っていた長じゅばんなど漱石ゆかりの品々を見ることができるほか、併設されているカフェでは、漱石が好きだったいちごジャムなどを味わうことができるということです。

新宿区文化観光課の北見恭一学芸員は「漱石がこだわった机や文具で埋め尽くされた書斎をぜひ訪れて、執筆活動を行っていた当時の雰囲気を想像してもらいたい」と話していました。

「漱石山房記念館」は今月24日に開館します。


東京・新宿は漱石ゆかりの地

東京・新宿区は、夏目漱石が生まれ、そして、その生涯を閉じた場所として知られています。

慶応3年、1867年に漱石は今の新宿区喜久井町で、名主の家の五男として生を受け、生家のそばにある坂は、「夏目坂」と呼ばれています。

愛媛県や熊本県などでの教員生活、それにイギリス留学を経て、明治40年、1907年に漱石は今の新宿区に戻ってきます。大正5年、1916年に49歳で亡くなるまで過ごしたのが、早稲田南町にあった「漱石山房」と呼ばれる家でした。

漱石は、この場所で『三四郎』や『それから』などの代表作を生み出し、『明暗』の執筆の途中でその生涯を閉じました。

新宿区によりますと、漱石が作家として活動した11年間のうち、9年間はこの「漱石山房」で作品を書き続けたということです。

「漱石山房」は昭和20年に空襲で焼失しましたが、その跡地には、新宿区の指定史跡として「漱石公園」が整備され、漱石の銅像が建てられたほか、今回、公園の隣に「漱石山房記念館」が建てられました。

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